ロゴ メインコンテンツへ
Twitterアカウント Youtubeチャンネル RSSフィード
全てのメニュー
読み込み中..

なぜ私は『FE if』のシナリオに没入できなかったのか①世界設定の矛盾と説明不足

2026/01/21
(この記事の文字数: 10297)

『ファイアーエムブレム if』を初見プレイしたのでメインストーリーに限定した感想を書き連ねます。あまりにも長くなったので4つの記事に分けて公開します。最初の記事では世界観や設定、運命の分岐点までストーリーについてです。

基本的にストーリーの問題点に言及するネガティブな内容が多いので閲覧注意です。特に if のストーリーを好意的に捉えてる方には共感できない内容だと思いますので読まないことをお勧めします。

私がプレイ済みのFEシリーズは、紋章の謎、聖戦の系譜、封印の剣、烈火の剣、聖魔の光石、覚醒、Echoes、風花雪月、無双 風花雪月、エンゲージです。

if は暗夜ハード、白夜ハード、透魔ハード、DLC の順番でプレイしました。1周しただけなので理解が甘い点があるかもしれませんがご容赦ください。

はじめに

『ファイアーエムブレム if』のストーリーは酷い――。 以前からそのような評価を耳にすることは少なくありませんでした。また、シナリオライターが共通している『ファイアーエムブレム エンゲージ』についても、シナリオ面で否定的な意見を多く見かけます。

しかし私自身は、『エンゲージ』に関しては比較的素直に楽しむことができました。 同作が持つニチアサ的な子供向けの作風を意識したFEであると、事前の情報から理解していたからです。もちろんツッコミどころは多く、シリアスな場面が演出のせいでギャグに見えてしまうこともありましたが、「子供向けというコンセプトなのだ」と割り切ることで、多くの違和感を受け入れることができました。

それゆえ、if についても同じように、多少の粗はあっても大枠では楽しめるだろうという、根拠のない自信がありました。「エンゲージを楽しめた自分なら、多少の不自然さには目をつむれるはずだ」と。

しかし、実際にプレイした if の物語は、私の想像を遥かに超えるものでした。

正確には、ストーリーの骨子そのものというよりも、「キャラクターの言動」に対する強烈な違和感が波のように押し寄せてきたのです。 物語の流れの中で、登場人物の行動や感情が前後の描写と致命的に噛み合っておらず、理解も共感も追いつかない。こうした「人間描写の不一致」によるストレスをここまで強く感じたのは、FEシリーズに限らず、これまで遊んできた多くのゲームの中でも初めてだったかもしれません。

なぜ魅力的な素材が揃っていながら、これほどまでに没入を拒まれてしまったのか。 プレイ中に特に気になった設定やシーンを振り返りながら、その違和感の正体について順に触れていきたいと思います。

マイユニットの設計思想を破壊する「世間知らず」という設定

本作の「マイユニット」システムは、前作『覚醒』に続き、外見、性別、名前、口調などをカスタマイズできる点が大きな特徴です。プレイヤーが自分自身を投影する「分身」として作成することもあれば、理想のキャラクターを作り上げてその活躍を鑑賞することを楽しむこともできる自由度の高い設計になっています。特に、選択した性格やボイスの設定に合わせて物語中の台詞まで細かく変化する仕様には、制作側の並々ならぬこだわりを感じました。

しかし、そうしたシステム面の細やかさに反して、シナリオ上の根幹に関わるマイユニットの「信じられないほどの世間知らず」という固定設定が、大きな障壁となって立ちはだかります。

物語の主人公となるマイユニットは、幼馴染のサイラスから「馬鹿の領域」と評されるほど「世間知らず」であることが強調されています。

どのような意図でマイユニットを作成したとしても、この「信じられないほどの世間知らず」という固定設定を変えることはできません。この世界のことを何も知らないプレイヤーと同じ目線を持たせるための設定だったのでしょうが、世間知らずのカムイはシナリオ上で度々軽率な行動を繰り返し、仲間を窮地に陥れます。最悪の場合、仲間の死を招くことさえありますが、カムイはその死の要因が自身の浅はかな行動にあることにすら気づきません。

マイユニットに自分を投影したいプレイヤーにとっては、主人公の愚かな言動がストレスとなり、好みのキャラクターとして愛着を持ちたいプレイヤーにとっては、その稚拙な振る舞いがキャラとしての魅力を著しく損なわせます。唯一、女カムイであれば「世間知らずの箱入り娘」という属性として辛うじて許容できるという声もありますが、それもあくまで消去法的な妥協に過ぎないでしょう。

主人公の極端なキャラクター設定は、マイユニットというシステムの自由な設計思想と根本的に噛み合っていなかったと言わざるを得ません。言動の稚拙さが「キャラクター設定」によるものなのか、それとも「脚本の粗」なのかが曖昧であり、物語の整合性の欠如を「主人公が世間知らずだから」という理由で強引に正当化しているようにも見えてしまいました。

もしマイユニットとしての自由なカスタマイズ性を尊重するのであれば、『烈火の剣』の軍師や『風花雪月』の主人公のように、「無口な主人公」として徹させるべきだったように思います。そうすれば、主人公の言動がプレイヤーの意図や理想から大きく乖離することもなく、余計なストレスを感じずに物語に集中できたはずです。

白夜と暗夜の対比構造をうまく活かせなかったシナリオ

暗夜王国と白夜王国が対立し、それぞれの王族に五人の兄弟姉妹が存在するという構図、まさにゲームパッケージにあるような構図は、両国の関係性を視覚的にも物語的にも理解しやすく、対比構造としては非常によく機能していると感じました。

さらに、白夜編と暗夜編を遊び比べると、物語の展開やマップ構造が驚くほど「鏡合わせ」に作られていることに気づかされます。 進路一つとっても「白夜から暗夜へ」「暗夜から白夜へ」と逆転しており、いずれのルートでも特定の共通地点(氷の部族の村、イズモ公国、七重の塔など)を必ず経由します。 また、物語の転換点も酷似しています。白夜編の終盤ではエリーゼが、暗夜編の終盤ではリョウマが、それぞれカムイを生かすために自らの命を捧げます。その他にも白夜城、暗夜城のマップ構造も隔離部屋を中心とした酷似した作りであったり、エンディングのアクアとの再会シーンに至るまで、徹底された相似性が保たれているのです。

これほどまでに反復が徹底されていると、単なる流用ではなく、そこに何か「特別な意味」があるのではないかと期待せずにはいられません。「異なる選択をしたはずの二つの世界で、なぜカムイの運命はこれほど酷似するのか」という謎は、第3のルートである透魔編への強い牽引力として機能していました。

しかし、期待に胸を膨らませて挑んだ透魔編において、その類似性が持つ意味が明確に語られることはついぞありませんでした。 結局、あれほど執拗に繰り返された対比と相似に、物語上の必然性はなかったのでしょうか。単なる開発上のリソース節約や、アセットの使い回しに過ぎなかったのか。あるいは深読みをすれば、DLC『泡沫の記憶』に繋げるため「どちらの世界線を選んでも、白夜と暗夜の辿る宿命は変えられない」という運命の過酷さを強調する意図があったとも解釈できます。

しかし、仮に後者のような高尚な演出意図があったとしても、残念ながら本作のシナリオはそれをプレイヤーに感じ取らせるだけの土台が整っていません。物語全体が矛盾や説明不足に満ちている現状では、深読みしようにも「単なる粗」として処理されてしまうのが現実です。 「意図的な演出」と「ただの手抜き」の区別がつかなくなるほど、シナリオ全体の信頼が損なわれてしまっている。その事実が何よりも惜しまれます。

矛盾を孕んだ暗夜と白夜の世界設定

暗夜王国の空の設定とビジュアル面の乖離

暗夜と白夜の対比構造がコンセプトとして優れている一方で、両国の世界設定、とりわけ土地や気候に関する設定には、物語の根幹と噛み合っていない点が見受けられます。

まず暗夜王国については、作中で「光が届かない国」という説明がなされています。

またアクアは白夜と暗夜の空の境界を「昼と夜の境界」と表現しています。

この表現からは、恒常的な夜、あるいは太陽光が完全に遮断された環境を想起しますが、実際に描写される暗夜王国の朝方の景観は、あくまで曇天に近いものです。

序盤で描かれる暗夜王国には自然光による一定の明るさがあり、完全に光が遮断されているとは言い難い描写になっています。

更に大陸マップに目を向けると、暗夜王国の領土は薄い雲がかかっている程度で、陸地の形状を確認できます。太陽光が遮断されるほどの分厚い雲に覆われている訳ではないということは明白です。

この時点で、設定とビジュアル表現の間に齟齬が生じているように感じられます。

推測するに、開発当初の構想では「恒常的な夜」や「分厚い雲に閉ざされた大地」という極端な環境設定があったのではないでしょうか。しかし、それを忠実にビジュアル化してしまうと、マップの視認性が極端に低下し、ゲームプレイ上の支障をきたします。ゆえに空の設定は言葉として残したまま、視認性を優先して描写を明るくしたことで、整合性が崩壊してしまったのかもしれません。

いずれにせよ、この齟齬があることよって、物語で重要な意味を持つ「暗夜王国の空」が一体どういう状態であるのか、プレイヤーは最後まで明確に想像することができません。こうした設定の綻びを放置したまま物語が進むことが、世界観への没入を妨げる大きな要因となっているように感じました。

歴史から抹消された空の入れ替わり現象

さらに作中では「数十年に一度、暗夜と白夜の空が入れ替わる」という設定が明かされます。物語中でも重要な意味を持つ現象です。

暗夜王国に枯れた木々が存在していることを踏まえると、かつて植物が育つ環境が存在していたことは確かであり、この空の入れ替わり現象が過去に起こっていた証左であるとも解釈できます。

ここで、「白夜」「暗夜」という国名が固定されたままである点については、空の入れ替わり現象が起こる以前に命名された名称であると考えれば、一応の説明は可能です。

しかし問題は、その先にあります。

空が数十年周期で入れ替わるのであれば、両国が置かれる環境的な立場も周期的に逆転するはずです。
にもかかわらず、作中で語られるのは一貫して「暗夜王国は太陽に恵まれず、作物が育たないため、侵略によって生き延びるしかなかった」という歴史のみです。

かつて白夜王国が暗夜王国と同様の状況に置かれた歴史については一切言及されません。

空の入れ替わりという現象が、まるで大陸中の誰にも知られていないかのようです。暗夜による侵攻の歴史だけが語り継がれ、環境が周期的に変化してきた事実は、この世界から切り離されている印象を受けます。

唯一空の入れ替わりについて言及される透魔ルートにおいても、それを話すのはギュンターとアクアに限られています。加えて、ギュンターはハイドラによって洗脳されているため、その知識が彼自身の経験や知識に基づくものだと断言することはできません。

コミック版「ニーベルングの宝冠」では「空の入れ替わり現象が歴史の記録には見つからない」という補足がなされているそうですが、記録から抹消されているだけでは説明として不十分です。

仮に数十年という周期がこの世界の人間の寿命を大きく超えるものであり、現存する人間が誰もこの現象を経験したことがなかったとしても、国家の命運を左右するほどの現象が、国家間の戦争の引き金となるような現象が、口伝によって一切残らないとは考えにくいからです。周期が数千年、数万年ともあれば自然に廃れるというのも理解できるのですが、たったの数十年です。

大陸中の人々の記憶がハイドラの力によって操作された可能性も考えられますが、作中では、ハイドラは透魔の外に直接干渉できない存在として描かれています。実際、白夜と暗夜の戦争も、ガロンを洗脳するという間接的な手段によって引き起こされたことが語られています。この設定に従う限り、大陸全域の記憶や歴史を改変するほどの力を行使できたとは考えにくいです。

仮に空の入れ替わり現象が歴史から抹消され、アクアのみが知るはずの秘匿された事象だったとすれば、それを知るギュンターに対し、アクアは当然強い疑念を抱くはずです。しかし不可解なことに、アクアはさもそれが「誰もが知る公知の事実」であるかのように、自然に彼との会話を進めています。

さらに奇妙なのは、ギュンターが数十年に一度しか起きない空の入れ替わり現象について、次の発生時期まで正確に把握している点です。

二人のやり取りだけを見れば、誰もが知る常識のように聞こえますが、ゲーム全体を通すと、その存在を知る者は他にいない。この局所的な認識のズレに、私は底知れぬ違和感を覚えました。

暗夜王国と白夜王国の戦争理由に直結するはずの世界設定が、ゲームを最後まで遊んでも明確に説明されないままとなっています。結果として、空の入れ替わりという重要な設定が、物語や歴史、登場人物の認識と有機的に結びついておらず、後付けの要素として存在しているように感じられる点は否めません。

世界の前提そのものに整合性が見出せない以上、その上に築かれる物語もまた、説得力を欠いてしまいます。

暗夜と白夜という対照的な国家構造や、登場人物たちのキャラクターデザインがよくできているからこそ、この根幹部分の整理がなされていないことは、非常に惜しい点であると感じました。

世界観のリアリティを犠牲にした子世代システム

本作には、前作『覚醒』で大きな支持を得た「子世代システム」が再び導入されています。 最適なスキル継承を求めてカップリングを試行錯誤する楽しみや、子世代専用マップによる遊び応え、さらには世代を超えた支援会話の広がりなど、ゲームを面白くする要素としてこのシステム自体は非常によく機能していました。キャラクターを愛で、軍を強化する醍醐味を味わえる点は、間違いなく本作の大きな魅力の一つと言えます。

しかし、この魅力的なシステムを成立させるための設定に目を向けると、あまりに強引で不自然な理屈が物語の没入感を削いでしまっています。

本作ではユニット同士が支援Sに達すると即座に結婚し、子供が誕生します。ところが、生まれたばかりの子供はどういう訳かすぐに魔物に狙われてしまうため、安全な隠れ里「秘境」へと預けられることになります。現実の世界(白夜・暗夜王国)では数日しか経過していなくとも、秘境の中では十数年が経過しており、再会した子供は親に近い年齢まで成長しています。この時間軸の矛盾を、本作では「秘境は時間の流れが異なる」という極めてご都合主義的な設定によって強引に正当化しています。

ゲーム中で、秘境は「星界には星の数ほどの小さな世界があり、中には人々が暮らす地もある」と説明されます。実際、外伝マップの外観も惑星のようなビジュアルが用意されています。

そして、暗夜王国や白夜王国の各地には「門」があり、この門から秘境へと行き来できます。

しかし、この根幹設定の説明が致命的に不足しています。

「秘境と繋がる門を通じて行き来している」という重要な説明は、特定の子世代外伝でしか語られません。そのため、戦いの舞台となる子世代の外伝マップが白夜・暗夜王国内にある場合、「この場所自体が、特殊な時間の流れる秘境なのだ」という誤認を誘発します(私は勘違いしました)。

実際X(旧Twitter)でアンケートを取ってみると、「大陸各地にある門を通じて秘境と行き来できる」という設定に気づかなかったという人はそれなりにいました。

本来、こうした世界観の前提条件は、システムが解放された直後やメインストーリー内で明確に提示しておくべきものです。この説明が提示されなかった結果、私は「なぜ国内で地続きの土地なのに時間の流れが違うのか」という、存在しない矛盾に悩まされることになりました。

さらに、この説明不足のツケはDLC『泡沫の記憶』において最大級の混乱となって私に襲いかかりました。このDLCでは秘境の設定が物語を理解するための前提知識となります。しかし、本編クリア後ですら秘境の認識が曖昧なままだった私にとって、そのストーリーは理解の範疇を超えるものとなりました。子世代たちが秘境から逃げ延び、他の子世代たちと偶然再会する描写がありますが、秘境が門を通じて暗夜・白夜王国と繋がっている設定を理解していなければ、「なぜ別の星にいたはずの子供たちが、道を歩いていて偶然巡り会えるのか」という疑問に答えが見つからず、物語の展開は支離滅裂にしか映りません。

ゲームシステムの都合(子世代ユニットの導入)で用意された「秘境」というご都合主義な設定は、本来、物語のリアリティを損なわないよう慎重に隔離されるか、あるいは徹底して丁寧に説明されるべきでした。設定の隔離も説明も不十分なまま、安易にシナリオの根幹へ絡めてしまったことで、世界観は混迷を極め、結果として物語全体をいっそう不透明なものにしてしまったと感じます。

シナリオの都合で選別される敵の命

暗夜編8章では、氷の部族の村を武力で制圧しながらも、カムイたちは「一人の犠牲も出していない」ことになっています。

また暗夜編17章においても、フウマ公国内で白夜王国の忍たちと暗夜軍が戦闘しますが、ここでも驚くべきことに白夜兵を生かしたまま制圧したというのです。

殺意を持って襲いかかってくる敵の軍勢を、一人も欠かさず無力化して制圧する。これがどれほどの難事であり、絶望的なまでの実力差を必要とする行為なのかを考えると、あまりにリアリティに欠ける描写です。しかし、一貫して「不殺」を貫くのかと思えば、フウマ公国の忍については「倒してしまった」というような発言をします。

後の項目で言及しますが「倒す」という表現の曖昧さも相まって、もはや、誰を殺して誰を殺していないのかがよくわかりません。

暗夜編19章に至っては本来敵ではないニシキ率いる妖狐の里の獣人たちを皆殺しにします。

一応の理由としては「獣人たちが本気だったから、手加減をしていてはこちらが殺されていたから」と説明されますが、あまりにも釈然としません。それならば今まで戦った敵兵たちは本気で戦っていなかったというのでしょうか。これまでの流れから、今回も当然のように「殺さずに制圧」し、ニシキたちが仲間になるような展開を想像していた私にとって、本来敵ではない彼らを突然皆殺しにする展開は「シナリオにとって都合のいい取捨選択」に映りました。

戦場において、倒した敵を殺しているのか生かしているのかが、一貫した信念ではなく物語の都合によって左右されすぎています。こうした基準の曖昧さが、戦記物としてあるべき緊張感を著しく削いでしまっているのは非常に残念でした。

敵兵を「倒す」というリアリティのない表現

本作のシナリオにおいて、カムイは敵兵を手に掛ける際、「殺す」ではなく「倒す」という表現を多用します。

しかし、実際の戦争において敵の命を奪う行為を「倒す」と表現するのは、あまりにゲーム的であり、戦記物としてのリアリティを大きく損なっています。特に、ニシキたち獣人を全滅させた凄惨なシーンでさえ、カムイは「倒すしか、なかった」と呟きます。その場にはカムイたちの殺した獣人たちの亡骸が無数に転がっていたはずです。ここでの文脈を考えれば、「殺すしか、なかった」という言葉の方が、背負った罪の重さや凄惨な現場のリアリティがより鮮明に伝わったはずです。

もし、レーティングや暴力表現への配慮から「殺す」という言葉を意図的に避けているのであれば、まだ理解の余地はあります。しかし、別のシーンでは普通に「殺す」という表現が使われているため、言葉の選定に明確な基準があるわけでもなさそうです。


こうした細かな言葉選びの甘さが、凄まじい戦いの中に身を置いているという実感を薄れさせ、結果としてシナリオ全体からリアリティを奪う大きな要因になっていると感じました。

以降は、ストーリーの流れに沿って具体的に気になったシーンについて触れていきます。

3章:唐突なリリス登場と自己犠牲的演出

3章でカムイが魔剣ガングレリの暴走により無限渓谷に落下した際、1章でわずかに登場したリリスが突如として現れます。

リリスは竜の姿へと変化し、奈落へ落ちるカムイを助けると、過去に命を救われたことへの感謝を述べ、代償として「もう二度と人間の姿に戻れない、話すこともできなくなる」と告げます。

感動を煽るBGMと演出が用意されていますが、プレイヤー視点では、この時点でリリスについての情報がほとんどありません。

「過去に助けられた」と言われても、その出来事は描写されておらず、プレイヤーがリリスに感情移入できるだけの下地が存在していない状態です。それどころか、リリスの露出が少なすぎて「リリスって誰?」状態。そのため、自己犠牲的な展開が提示されても、感動する以前に状況を理解できず、戸惑いの方が先に立ちます。

さらに、奈落から脱出した後も、なぜかリリスは宙を舞い続け、地上に降りません。その後、雷が落ちたような演出と共に、依然として危険な状態が続いていることがカムイから告げられます。

何が問題なのかは明確に説明されませんが、そのままリリスは再び呪文を唱え始め、命を犠牲にするかのような演出が重ねられます。

正直なところ、「そもそも何が危険なのか」「なぜこの状況に至ったのか」がわからず、緊張感よりも疑問ばかりが残りました。

最終的に、リリスは異界の門を開き、カムイを星界へ導くことで事態は収束します。

そして、言葉を失ったはずのリリスが、星界では普通に会話できると判明し、初見プレイの私は完全に拍子抜けしました。「あの感動を煽るような自己犠牲的な演出はなんだったんだ…」と。

もしここでリリスが命を落としていたら、それこそ理解不能なお涙頂戴展開になっていたと思うので、星界にある「マイキャッスル」というゲームシステムへの導線だったと解釈して、一旦は納得することにしました。

ただ、その過程で重ねられた「自己犠牲的な演出」は、プレイヤーのキャラクター理解状況や物語展開と噛み合っておらず、ここで私は物語に対して、言い表せぬ不安感を抱き始めました。

5章:急激すぎるカムイの感情の飛躍

4章、白夜王国でミコトと再会した主人公カムイは、彼女が実の母であると告げられます。これに対しカムイは「急に親子だと言われても、その想いに応えることはできない」と率直に語ります。

記憶にない実母との再会に戸惑うこの反応は極めて自然であり、この時点ではカムイの心情に共感することができました。

問題は、その後の展開です。

5章に入り、白夜王国で穏やかな時間を過ごしていた矢先、ガロンの罠によってミコトが命を落とします。その光景を目の当たりにしたカムイは、激昂のあまり自我を失って竜化します。

ここで違和感を感じるのは、その感情の急激な飛躍です。つい先ほどのシーンでは「今日会ったばかりの人で、親子の想いには応えられない」と突き放したばかりの相手に対し、なぜ自我を失うほどの怒りを抱くのでしょうか。

感情が爆発すること自体は否定しません。問題なのは、そこに至るまでの心理的な積み重ねが描写されていないため、プレイヤーが置いてけぼりになってしまう点です。言動の一貫性が欠如し、前後の描写が噛み合わないことで、本来ドラマチックであるはずの覚醒シーンが、困惑としてプレイヤーに受け取られてしまいます。

仮に、4章から5章の間に数ヶ月の月日が流れ、ミコトを母と実感するプロセスがあったのであれば納得できます。しかし、ゲーム中の描写からはそのような時間の経過は感じられません。5章の冒頭でも、ミコトがカムイに「白夜王国には慣れましたか?」と尋ねていたり、側近のユキムラを初めて紹介していたりと、数日程度の経過としか思えない描写が続きます。

この時間感覚の短さが、感情の飛躍をより不自然なものに際立たせてしまっています。

この場面を通して、私は強い不安感を覚えました。このシナリオは、こうした矛盾を孕んだままでも、プレイヤーの感情を揺さぶれると考えて作られているのではないか、と感じたからです。

人の死が描かれるシリアスな場面で、登場人物の言動が支離滅裂に見えてしまうと、それは悲劇ではなく、演出だけが先行した緊張感や重みの欠けた茶番のような印象を与えてしまいます。

少なくとも、『エンゲージ』では、ここまで感情の流れが理解できないシーンは記憶にありません。

5章までの時点で、本作のストーリーは、単なる出来不出来では片付けられない、独特の危うさを孕んでいる作品なのではないかという大きな不安が私の中に芽生え始めました。


続き:「なぜ私は『FE if』のシナリオに没入できなかったのか②暗夜編」(後日公開したらリンクします)


  このエントリーをはてなブックマークに追加  

<<「FEH研究所」の記事一覧に戻る

コメント(0 件)


©Nintendo / INTELLIGENT SYSTEMS

※当サイト上で使用しているゲーム画像の著作権および商標権、その他知的財産権は、当該コンテンツの提供元に帰属します。

ファイアーエムブレムヒーローズ公式サイト
にほんブログ村 ゲームブログ ファイアーエムブレムへ ファイアーエムブレムランキング

  End Construct PageInfo: 0.0036 sec
  End Menu: 0.0036 sec
  End Breadcrumb List: 0.0036 sec
  End Description: 0.0605 sec
  End Main Content: 0.0648 sec
  End Popular Entries: 0.0698 sec
Total: 0.0712 sec